2024.11.30
生と死というシリアス極まる事象をつぶさに訴え、吐き出しながらも笑顔があふれる――それはバンドとファンの確かな信頼の上にしか成り立たない空間だった。
来年1月6日にキャリア初の日本武道館単独公演を行う4人組バンド・キズが、10月15・16日の2日間、BLOG MAGAZINE限定『東京裏公演』をSpotify O-WESTにて開催した。今春には東名阪でも行われたFC限定の『裏公演』は、もはや通常のワンマンでは数千規模のキャパでないと収まり切らない彼らが小ぶりなライブハウスに立つレアな公演。今回も定員600人の会場は両日とも2階席までパンパンで、2日目となった16日もすし詰めのオーディエンスが今か今かと開演を待ちわびる。
ストリングスの音色が響く壮大なSEが流れ、メンバーが1人ずつ入場して「さぁ、行くぞ、WEST!」と来夢(Vo)がお立ち台の上から号令をかけると、あっという間にクラップが湧いて始まったのは「ステロイド」。“生きてる痛みが此処には在る”と囁く歌い出しを合図に、一斉に頭を振り身体を折りたたんで腕を伸ばすオーディエンスの姿は、まるで痛みにまみれた“此処”からの救いを求めているかのようだ。reiki(G)は上手の立ち位置に敷かれた絨毯から容赦なくはみ出す勢いで忙しなく動き、相変わらず喉が割けそうなハイトーンで叩きつけられる来夢のボーカルは、続く「蛙-Kawazu-」でも豪快に轟いて「聞こえねぇ!」と場内の声と拳を煽動。さらにヘドバンを繰り出し、左右に大きく揺れるフロアに「いいね! やったろうぜ、WEST!」とお褒めの言葉を与えると、ユエ(B)はきょうのすけ(Ds)とアイコンタクトしてボトムをガッチリ支え、reikiも客席に向かって身を乗り出していく。その熱い一体感は“僕のせい”のリフレインを最後に“僕のおかげ”へと反転させるリリックも相まって、素晴らしくポジティブな空気へと昇華。「いいね! 昨日よりヤバくなれるか!」と、たった2曲で完全にオーディエンスの心をつかみ、きょうのすけが早くもドラム台の中から立ち上がれば、メンバーの名を呼ぶ声が嵐のように巻き起こる。
それでも「聞こえねぇ! 何でもいい、吐き出してこい!」と貪欲に求める来夢の言葉は、彼らが“ライブ”という空間に真に求める存在意義であり、どこまでもアグレッシヴな楽曲を爆音で鳴らす理由でもある。重厚な重低音が駆け出し、メロディックに進行する「十五」で“生きるも死ぬも地獄ならどちらでもいい”と繰り返して、「おい、やれんのか!」という煽りに続くギターリフから「地獄」へと雪崩れ込む展開は激熱。来夢は冒頭からかけていたサングラスを外して臨戦態勢に入り、拳と折りたたみで大揺れするフロアに「WEST! 救われたい奴だけついてこい!」と檄を飛ばして、最前柵に足をかけてギリギリまで突っ込んでいく。そうして時おり天を見上げ、声を張り上げて死者への共感を示す彼が訴えるのは、地獄は彼世にあるとは限らないということ。そして、此世という地獄を生き抜く我々に対する深い慈愛だ。ネガティブな言葉の裏に、キズというバンドが隠し持つ愛情は、まさしく傷を知る人間だからこそ持ち得るものなのだろう。
続いて、エモーションを抑えて希死念慮をまとった「15.2」を、オーディエンスが動きを止めてジッと聞き入る一方、アコースティックギターを抱える来夢に、頭を振る楽器隊のプレイとボーカルからは、内なる感情が暴れていることが伝わってくる。その中心にあるのは“君”への愛であり、対照的に「ラブソング」という名の曲で、愛から反転した感情を歌い上げるというパラドックスは秀逸。ぐるぐると激しく動くユエ(B)の激情あふれるパフォーマンスが、その怨念にも似た情念の熱をかき立てていく。さらに、お立ち台で来夢がギターをかき鳴らして始まったのは「平成」。きょうのすけの重低音ビートから、来夢の「渋谷!」という一喝で瞬時にヘッドバンギングの海となった客席に向かい、ユエはハイキックをかましreikiは千切れんばかりに首を振って、狂乱の宴を繰り広げる。そしてギターを下ろした来夢は「昨日よりもヤバくなれるか!? 守ってるもの全部ぶっぱなせ!」と叫びをあげて、切々と“一緒に死のうよ”とリフレイン。それが“生”への天邪鬼な誘いであることは百も承知でオーディエンスは拳を突き上げ、同じ想いへと全員の心が収束していく感動的な一体感のなか、ガクリと膝を折って宙を見つめるreikiには目を奪われた。曲終わりに来夢は「死ぬ気で来いよ!」と言い放ったが、おそらく彼は既にその状態だったのだろう。
生と死を怯まずに真正面から見据えて濃厚なカタルシスを生みだしたあとは、少しだけ緊張がほどけるシーンも。「東京」ではreikiがギターの入りに失敗して、来夢が「もうやりたくなくなっちゃった! もうやんない!」と拗ねてみせたり、間奏でソロを弾くreikiの足元にユエが跪いて笑顔で見上げたりと、切なさを交えたポップチューンで温かな空気を振りまいていく。満場のクラップに乗って、きょうのすけのビートとフロント3人の弦が心地よくシンクロする「EMiL」で演奏の、オーディエンスと揃って左右にモッシュする「ELISE」でパフォーマンスの一体感を提示して、凄まじい勢いで頭を振るフロアに「悔い、残すなよ!」と来夢は声をあげる。これもライブに限らない、彼のひとつの人生訓だ。
そんな彼の全身全霊ぶりが伝わるエピソードが、ここでまたひとつ。「昨日から喉が調子良くて、歌いすぎて」と、前日に「ミルク」でハンバーグをステージに吐いてしまったことを伝えると「今日はさっき(DIR EN GREYの)薫さんに差し入れで頂いたスイーツを吐きました! 今日は絶対吐かねぇと思ってたんですけど吐いちゃいました!」と驚きの告白を! しかし「そのくらい歌いましょう! いいじゃないですか、歌い切りましょう!」と「鳩」に繋げていくのは見事。reikiのギターに合わせて朗々と1コーラス歌い切り、バンドが入ると「気持ちいい!」とお立ち台に上がる。別離を綴る歌にもかかわらず、音数に合わせて感情を増していく演奏は暖かな陽射しを感じさせ、来夢は「おい! 届いてるか、WEST!」と呼びかけながら、諦念に根差したボーカルで観る者の心を浄化していった。そこから想いのままにフェイクを聞かせて「もっとくれ!」と「ミルク」へ突入し、心地よいランニングベースを放つユエの耳元で来夢が歌う場面も。最後は「ラスト! おしまいにしよう!」と1stシングル「おしまい」を投下すると、ヘドバンと拳の嵐が吹き荒れるフロアに来夢は笑顔を見せる。タイトルといい歌詞といい絶望にまみれた曲で、楽器隊も音と動きの双方で暴れまくりながら、ニコニコと“おしまい”を謳い上げる様はカオスそのもの。だが、キズが歌う絶望の先に光があることを知っている熱いファンにとっては、それも何ら不思議なことではない。
アンコールを呼ぶ声が続き、きょうのすけの勢い満点のドラミングから始まった「豚」では、拳を回すオーディエンスのアグレッションを前に、来夢はポケットに手を入れて歌ったり弦楽器隊で並んで演奏したりといったリラックスムードも。だが、ピアノ音に合わせて来夢が5月にリリースされた最新曲「鬼」を力の籠もった声で歌い出せば、場のムードは一変する。4つ打ちビートと共に客席がクラップを贈り、身体を揺らす来夢と楽器隊の演奏は波動をひとつに。きょうのすけが渾身の力でスティックを振るえば、ユエは重低音のスラップベースを放ち、reikiのロックなソロが狂おしく感情をかきむしって、会場に緊張の糸を張りめぐらせる。何よりすさまじいのが、心の奥底まですべてをさらけ出したリリックの破壊力だ。“この命もくれてやろう”と、歌い出しから死を匂わせているのに“生きていたい”と願うのは、それだけ“愛してる”から。“君といたいから 死にたくないな”と歌う“君”がファンを指していることは、曲中での「お前ら愛してるぞ! 全員愛してるぞ!」という来夢の叫びからも明らかだろう。愛しているから死にたくない、一緒に生きていきたい――つまり、こうして音楽を届けて、時間と空間を共有したいという壮大な愛のメッセージを、ピンスポットを浴びて歌い切った彼の姿は、胸に迫るほど神々しかった。ここまで身をなげうって、血を吐くようにして愛を吐き出す歌を筆者は知らない。
もがき、苦しみながらも与えられた“生”を生き抜き、その中で得た想いを密集空間で生々しいままに叩きつけて、放心状態になりそうなほどの衝撃をオーディエンスにもたらした80分。それでもキズを愛し続けるファンとの空間は親密な空気にあふれ、その分バンドのメッセージがよりダイレクトに味わえた気がした。来年1月の日本武道館のキャパシティは、この日の10倍以上。ステージセットも演出もまったく異なるものにはなるだろうが、その根幹にこれだけ濃厚なファンとの信頼があるのなら、何も恐れるものは無い。そう確信できた一夜だった。